2012年12月22日土曜日

菅原編 Part2


バスを降りてからどれくらい歩いたろうか、菅原は霧を抜けて目的のレコードショップCIBO MATTOにやっとたどり着いた。知る人ぞ知る、という表現は正しくないかもしれない。そこには知れた人だけが偶然たどり着く事ができるからだ。菅原はたまたま、ファミマでフライドチキンを買った際のレシートがきっかけでこの場所を知った。時おりTポイントが何倍かでもらえるクーポンが印字されている箇所に、あろうことか女性器が描かれていたので珍しいなと思ってH大学の友人であるコバヤシに見せたのが事の始まりだった。
3号館の外で缶コーヒーを飲んでいる時だ。何気なく「これすごくねえ?」とコバヤシに見せたのだ。そのときヌッと二人にドデカイ影がかぶさった。急に夜が来たようにバカに騒ぐキャンパスの中で二人だけ闇が襲った。体が動かない。重い。目玉も動かない。都会暮らしの腑抜け大学生である二人でさえも動物的勘でわかるほどに「ヤバい」空気。キンタマが潰れそうに痛い。
すーすーと寝息のような息の仕方をしているのが聞こえる。気持ち悪い。
「・・・す〜   ・・・す〜  ぼ、ぼ、、坊主、どこでそれを手に入れたんだ?なあ?教えてくれないと....おれ、こま、るなあああああ!!!!!!!!!!!!!困るんだよおおおおお〜!!!!!!」
影の大きさから察するに身長4メートルはあろう、おそらく、そうとうにデブな男がクレッシェンドした。おそらくオペラ歌手だ。
コバヤシはJANSPORTSのナップザックから拳銃を取り出してオペラ野郎に突きつけ、喋りだした。
「オペラくん、叫んじゃダメ。こんなとこで、叫んじゃダメだよ。たださえお前目立つんだから。親父に言われなかった?ぜんぜんできてないじゃん。困るのはこっちだっっつーーーーの。ほんとつまんないし面倒くさいなお前。」

パン

ずど〜ん

ペンネアラビアータよろしく赤く汚く頭が弾けて舞って体が倒れた。校舎が揺れた。オペラ野郎はあっさり死んだ。
「ああ。これで俺もうこの学校にいれないや...。でもちょっと、菅原にだけ話しておきたい事が出来たよ。まさか、菅原がそのレシートをもらっちゃうとは思ってなかったなあ....。ほんと、困った。でも話すよ。今日、あいてるっしょ?うち来なよ」
菅原は頷いた。
さっきまでどっかのサークルが練習してたアニマルコレクティブみたいな音が消えていた。
「誰にも出来そうにない事って、誰でも出来るなあ。」
そうつぶやいて菅原は自動販売機にタックルした。無数の缶コーヒーとファンタグレープが飛び出した。学生は群がった。

2012年12月21日金曜日

第二話 菅原編


いつまでも終わらないエンドロールのように退屈な日々だった。
何かが「終わった」あと、取り残されたはそれに関わった数人の名前を思い出しながら、ただ眺めるように毎日を過ごす他ない。

菅原は心にあいた穴を塞ごうともせずただずっと座っていた。バス停に。もう5万6403台も霧ヶ峰行きのバスを見送った。それこそ、エンドロールを眺めるように、である。彼の人生は一度終わっていた。バスの運転手達はさすがにもう彼を相手にしなくなっていた。誰も彼の事を話題にもしない。バス停のまあるい標札と同じものとして彼を見た。
なので、5月5日9時45分発の運転手、菅原がの前に止まった5万6404台目の運転手は驚いたも驚いた。春だった。桜が咲いていた。菅原が口笛を吹きながらギターバックを持ってバスに乗ってきた。
口笛の曲は、サヨナラバスだった。
運転手はどう対応したらいいかわからなかった。何がわからないのかわからなかった。ただ、もう、標札と一緒と思っていたモノがバスに乗り込んできたもんだから慌てた。運賃を払ったのでちょっと笑えた。口笛でサヨナラバスには恐怖を覚えたが「同世代かな?」と思った。運転手は中学校の時分19(ジューク)に景仰して髪を青に染めた事がある(もちろん紙ヒコーキもよく投げた)。それで女の子に告白して、フられた。それからはゆず派になり、切ない想いをゆずの曲を歌う事でごまかした。冬至の日のライブは毎年行った。
なぜだろう。運転手は、いままでただこなすように何のプライドもなくバスを走らせていたが、今日はなんだか違うぞ、と思った。急に、「仕事だ」と責任感がわいてきた。大人になった気がした。なんで俺の時に乗ってきたんだ?と思った。悪い意味じゃない。ふと、思った。この不思議な乗客はなんで自分が運転するこの時間のバスに乗り込んだんだろう?もしかしたらこの乗客が乗るのは次のバスだったかもしれないし、もしかしたらこの時間のバスでも自分が運転担当にならなかったかもしれない。なのに、俺だった。人生とは、偶然だ。彼は知った。

菅原は運転手のすぐうしろ、右前輪のすぐ上にあるせいで車内前方でポコっと高くなっていて狭苦しい席に座った。
新しい物語の始まりだ。菅原はギターバックのポケットから眼鏡を出して、かけた。アート・リンゼイみたいな黒ぶちの眼鏡。今日からは昨日までと違う人間として生きていく証。
バスは町を抜け、森を抜け、霧ヶ峰。その名の通り濃く霧がかった草原でバスは止まった。運転手はなんとなく野暮だなと思って「終点です」とは言わなかった。ただ菅原がでるのを待った。ずいぶん待った。どうやら菅原はiPodで曲を聴いているようだった。耳を澄ますと微かにZNRが聞こえた。運転手は思った、この客、きっとJANISの会員だなと。

運転手は菅原の姿が見えなくなるまでじっと彼の後ろ姿に目を凝らした。これから彼がどこへ向かうのか、なんとなくわかった気がした。
この直感が間違っていなかったと知るのはこの日から3年後になる。

2012年12月5日水曜日

レコーディング夢日記 第一話

やっと辿り着いた。ついてみると案外のっぺりした島である。 

お台場近くの埠頭でフェリーをジャックしてからもう3ヶ月と4日経った。藤村操縦士はだいぶやせ細った。操縦とドラムと、二役だから他の船員よりも体力も神経もすり減らしたんだろう。今となってはスティックで船を操れる程までにどちらの技術もあがった。馬鹿力だけが取り柄で僕がこの船を乗っ取るまでは肩身の狭い思いをしたらしい。僕に最初に協力的な態度を取ってくれたのが、この藤村操縦士だった。

「なにかひどいことが起こらないかなあって、だれでもそういう不謹慎な想像ってするもんだろ?」

藤村は言った事が有る。船の突端で二人でタバコをすっていたときだったな。煙はなぜか、風に流される事無く彼の顔を覆って、なんだか魔法のランプの魔人のように見えた。そのときはまさか、そのあともう一度彼に魔人の姿を重ねる瞬間が来るとは思っても見なかった。

ある日、船長室の本棚に妙な本が有るのを見つけた。地図や伝記、技術書、あとは元船長の趣味と思われる司馬遼太郎の作品が並ぶ中で「アノニマスポップ」という、小田島等とやらの作品集がキラキラと輝いていたのだ。その画集を手に取りパラパラとめくる。CDのジャケットデザインをよく手がけるようで、サニーデイサービス、くるり、音楽にさほど興味のない俺でも知っているバンドのジャケットも中にはあった。

「おもしろいじゃん

独り言を言って本を戻そうとした、その時だ。「アノニマスポップ」の抜け殻の奥に『ジャンピングジャックフラッシュ!』と書かれたエレキギター型のボタンがあるのに気がついた。

「ジャンピングジャックフラッシュ・・・? なんだか子供の必殺技みたいな言葉だな…。」

俺はじーっとそのボタンを見つめた。やるか、やらないか、どちらかしかない時は、「やる」しか選ばない。それが俺のたった一つのポリシーだ。フェリーのハイジャックにしたって、大した理由なんてない。自分の住んでいる町から、できるだけ遠くまで行きたくなっただけだ。それでハイジャックを思いついたので、やったんだ。本当に、それだけさ。何一つ、何一つ引っかかってる事なんてないんだ。————ボタンを押した。

ジャッジャーーーーーン
ジャララーーーーージャララーー———ジャラ
ジャッジャーーーーーン
ジャララーーーーージャララーー———ジャラ
ジャッジャーーーーーン
ジャララーーーーージャララーー———ジャラ

轟音だ。いかがわしい、イライラする、サイテーな音だ。

ジャッジャーーーーーン
ジャララーーーーージャララーー———ジャラ
ジャッジャーーーーーン
ジャララーーーーージャララーー———ジャラ
ジャッジャーーーーーン
ジャララーーーーージャララーー———ジャラ

バンドインと同時に、本棚がバキバキバキバキと真ん中から避けた。揺れる船長室。おれはしりもちをついた。たっていられない。辺り一面ほこりが舞い上がって何も見えない。いかがわしいギターの音。ドカドカうるさいドラム。女が別れを拒むようなねちっこい歌、ああ、最低だ。わかってた、おれが「やる」を選ぶとたいていこういうことになる。ギターが鳴り止み、ぎりぎりあたりが見回せるほどに落ち着いた頃、轟音を聞きつけて藤村が船長室にやってきた。

「だだだだだ、大丈夫ですか???? いま何かが壊れる音と同時に強烈に最高な音楽が鳴り響いたんですが、ここですか!?!?」

ずいぶん興奮している。

「ああ、また賭けに負けちまった。そこの本棚の妙なボタンを押しちまってね、そしたらこのざまだ。退屈しのぎになるかと思ってた本達もめちゃめちゃさ、見てくれよ。」

と、背後にある本棚の方を指差した。藤村の目の色が変わった。

「あいつめ・・・。こんなとこにかくしていやがったか。」

藤村が俺をまたいで本棚の方へ向かう。

「おいおい、あぶないぞ、おい、、、、、、、、、、ん!!!!!?????」

藤村がホコリを切り、向かう先、避けた本棚の向こうに、鏡ばりの部屋が出現してた。真ん中には、ドラムが置いてある—————————